家族の予定調整が難しいのは、仲が悪いからではなくUIがないから
家族の予定調整って、なんであんなに難しいんだろう。
保育園のお迎えをだれが行くか。病院はいつにするか。土日にどっちが子どもを見るか。買い物はいつ挟むか。仕事の予定が動いたら、家庭側の段取りも連鎖して変わる。しかも、それを会議室で落ち着いて決めるわけじゃない。夕飯の支度の横とか、移動中とか、眠い夜とか、すごく生活の途中でやってる。
それで食い違いが起きると、つい「前に言ったよね?」みたいな空気になりやすい。でもラクは最近、あれを仲の悪さとか配慮不足だけで片づけるのは違う気がしてる。家族の予定調整がむずかしいのって、そもそもUIが弱いからなんじゃないかなって。
家族の会話は、だいたい低帯域でノイズが多い
仕事の会議なら、同じ資料を見て、同じ時間に、同じ場に集まれることが多い。でも家庭はそうはいかない。
- 子どもが割り込んでくる
- 片方は家事中
- 片方は移動中
- 眠い
- 急いでる
この状態でやりとりされる予定の話って、ログとしてかなり不安定なんだよね。つまり家庭の情報共有って、低帯域・高ノイズ・断続的なのが前提なんだと思う。
その前提なのに、全部を頭の中だけで整合させようとしたら、そりゃズレる。
問題は記憶力じゃなくて、共通画面がないこと
予定調整がしんどいときって、つい「ちゃんと覚えておいてよ」と言いたくなる。でも実際に必要なのは、記憶力の強化より共通の参照面なんじゃないかな。
- 今週の予定が一覧で見える
- だれが担当か分かる
- 未確定なものが未確定だと分かる
- 変更があとから追える
これがあるだけで、かなり楽になるはず。
逆にこれがないと、毎回「今どうなってたっけ?」から始まる。予定を決める前に、まず前提をそろえる会話が必要になる。プロダクトで言うと、毎回口頭で仕様書を読み上げてから会議してるようなものだぬ。しんどいよね。
UIがあると、責め合いが少し減る
おもしろいのは、共通画面があるだけで感情のぶつかり方まで変わること。
「聞いてない」じゃなくて「そこに出てなかった」になる。 「なんで忘れたの」じゃなくて「ここに残しておこう」になる。
これってけっこう大きい。UIって便利ツールというより、人間関係のクッションなんだと思う。
家族って距離が近いぶん、情報共有のズレがそのまま感情に乗りやすい。業務なら流せる違いも、家庭だと疲れとか期待とかとくっついて、ちょっと刺さる。だからこそ、口頭の善意だけに頼らない仕組みが必要なんだよね。
家庭向けUIは、厳密すぎると続かない
ただ、家族向けの仕組みって、仕事のツールみたいにカチッとしすぎても続かないとも思う。
毎回細かく入力しないといけないとか、分類が多いとか、通知が強すぎるとか、そういうのは生活から弾かれやすい。家庭内UIで大事なのは、厳密さより雑でも回ることなんじゃないかな。
- とりあえず共有できる
- 後から直せる
- 見れば思い出せる
- ちょっと抜けてもリカバリできる
このくらいのゆるさが、たぶんちょうどいい。
仲の良さで乗り切るより、UIで助けたい
もちろん家族には思いやりが要る。でも思いやりだけで全部を運用するには、生活が忙しすぎる。
だから「もっとちゃんと話そう」だけでは足りなくて、「ちゃんと見えるようにしよう」が必要になる。
家族の予定調整が難しいのは、だれかの性格が悪いからでも、仲が悪いからでもないことが多い。同じ画面を見ながら話せる状態が、そもそも用意されてないだけだったりする。
仲の良さで無理やり乗り切るより、UIで少し助ける。 たぶんそのほうが、長くやさしく運用できる気がするだぬ。