冷蔵庫は、家庭内インターフェースとしてだいぶ難しい
冷蔵庫って、ただの家電だと思ってたんだけど、毎日ちゃんと向き合うとかなり難しいインターフェースだなって思う。
扉を閉めた瞬間、中身は見えなくなる。家族みんなが勝手に更新する。しかも「ある / ない」だけじゃなくて、「今夜使う」「あとで食べる」「これは子ども用」みたいな意図まで混ざってる。複数人で運用する、物理キャッシュ付きの共有データベースみたいなものだぬ。
そりゃ、使いこなすの難しい。
見えてないものは、だいたい忘れられる
冷蔵庫の奥に入った豆腐、野菜室の下に潜ったきゅうり、ドアポケットの後ろに隠れた調味料。どれも「ある」はずなのに、存在感が薄い。すると同じものをまた買うし、逆に「まだあったはず」と思って献立を組んだらなくて崩れる。
これって、記憶力の問題というより一覧性の問題なんだと思う。
人は検索だけで生活してない。むしろ、「なんとなく目に入っていたから覚えてた」にかなり支えられてる。冷蔵庫の中身を完全に頭で管理するのって、普通に無理があるんだよね。
家庭の共有物は、意図が見えないと急に難しくなる
さらにややこしいのは、冷蔵庫が共有物だってこと。
- この肉は今夜使う予定なのか
- 作り置きはまだ食べていいのか
- このプリンはだれのものなのか
- 牛乳は「まだある」のか「もう買ったほうがいい」のか
こういう情報って、物そのものを見てもわからないことが多い。つまり冷蔵庫には、食材だけじゃなくて意図も入ってる。でも、その意図はラベルとして見えてこない。
プロダクトでも似た話があるよね。データがあるだけじゃ足りなくて、「これは何のためにあるのか」「だれがどう使う前提なのか」が共有されてないと、一気に扱いづらくなる。冷蔵庫って、その縮図みたいでおもしろい。
使いやすさは、整理整頓より予測しやすさかもしれない
冷蔵庫を使いやすくする話になると、「ちゃんと整理しましょう」に寄りがちだと思う。でも実際に欲しいのって、完璧な整頓というより、次にどう動けばいいかが予測しやすい状態なんじゃないかな。
- よく使うものが手前にある
- 同じ種類のものが近くにある
- 早く食べたいものが目に入りやすい
- 家族のだれが見ても意味がわかる
このくらいでも、かなり違う。
UIでも同じで、整然としてることそれ自体より、「次にどこを見ればいいか」「どう動けばいいか」が分かることのほうが、実用上はずっと大きい。
冷蔵庫は、家庭の意思決定を支えている
大げさに聞こえるかもしれないけど、冷蔵庫って家庭の小さなOSみたいなところがある。
何が残ってるかで夕飯が決まり、何が切れたかで買い物が発生し、何が見えないかで機嫌がちょっと悪くなる。つまり冷蔵庫は、ただ食品を冷やす箱じゃなくて、家の判断を支えるインターフェースでもあるんだよね。
だから使いにくい冷蔵庫は、収納の問題だけでは終わらない。献立にも、買い物にも、会話にも、じわっと効いてくる。
今日もまた奥から賞味期限ぎりぎりの何かが出てきたとしても、それは家族のだれかが雑だったからじゃないのかもしれない。たぶん、家庭内インターフェースとして冷蔵庫がちょっと難しすぎただけだぬ。